もち肌冷麺。

食いしん坊のくせに小食だった私。
小さい頃から麺類と丼ものは、敬遠の対象でした。

何しろ…麺類はつるつるとのど越し良くて
食べた割に心が満足しないように感じていましたし、
丼ものを食べるのならば、
ご飯と具を別々に食べたいなあと
思っていました。
お弁当ならちょこちょこといろんなものを食べられる
松花堂弁当が断然好きでした。

そんな私でしたがハツヨおばさんが作る
冷麺だけは別でした。
ハツヨおばさんは、私の父の弟のお嫁さん。
毎年お盆とお正月の2回だけ、新潟の片田舎にある
父の実家で会える人でした。
目鼻立ちが整っていて、髪の毛が長くて
それでいて冷たい感じのしない美人。
お米どころの人だからなのか、肌はもっちりと白く
つやつやしていて、よく見とれたものでした。
そして何よりほんとうに優しかった。

新潟の祖父の家に行くと、
やることがないので川遊びが日課でした。
田んぼの畦道を通り抜けて、
むっとするような草いきれをくぐりぬけると、
土手の向こう側を大きな川が流れていて、
向う岸は山がそびえています。
流れは速く、
途中で足のつかない場所もありましたが
こちら側から、向う岸までを泳いで何往復もする・・・
というのが、私に課せられた川遊び。
川の中は時々何かの魚のうろこがぎらっと光ったりして
ゴーグルをかけた目をぎゅっとつぶりながら
必死で泳いでいました。
当時水泳を習っていた私は、
川遊びと言っても、場所を変えて
父に泳ぎの練習をさせられていたわけです。
のんきに水浴びしている従弟を横目で見ながら
一体何の修行だろう・・・と思ったものです。

そうやってぐったりと重くなった体を引きずりながら
祖父の家に帰ると、ハツヨおばさんの優しい笑顔と
冷麺が待っているのでした。
いつもは敬遠する麺と丼ものが合体した冷麺。
乗っている具もハムときゅうりと錦糸卵・・・
シンプルなものでした。
だけど、疲れきった細胞の一つ一つに、
つゆのお酢っぽさが染み込んでいくようでした。
扇風機の生ぬるい風と線香の煙に安堵を感じて
そのまま、まったりとした幸福感につつまれながら
昼寝したものでした。

今でも、普段は麺類と丼ものは頂きませんが、
お店に冷麺のつややかな白が見え始めると
ハツヨおばさんのやさしい白い肌と
暑い夏の午後を思い出します。

夏休みも残りわずかですね。
アーセンプレイスでは、期間限定の畑の冷麺が
ラストスパートです。
塩レモンの効いたさっぱりと冷たいつゆに
畑で採れた盛りだくさんのお野菜を乗せて…。
夏の終わりまでにぜひお召し上がりください!
(yumi.m)

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